「なんてな」つって笑い飛ばせ、人生

約7年前、
一世一代の決断をした。

・就職しないこと
・音楽が好きなこと
・バンドで飯を食う夢を叶えたいこと

それを母親に伝えたとき
僕は泣いていた。
20年弱生きて
”初めて”自分で決めたことだった。

片親家庭なのに、
(仲はいいが離婚してる)
高校から私学の一貫校に
通わせてもらい、
そのまま就職すれば
いい会社にも入れたと思う。

そんな息子が
今までのものを全て捨てて
「バンドをやりたい」なんて
言い出したのだ。

なんと親不孝。
しかも結局売れてないし。

でも、いろんな貴重な経験ができた。
・滋賀のSAで一人だけ置いて行かれ、
朝までスマホなしで待ったこと。
・迎えに来てくれたメンバーが
その帰りに速度超過で捕まったこと。
・お客さんが1人しかいないライブハウスで
地獄のライブをしたこと。
・先輩のバンドマンが誕生日ということで
朝までメンバーたちと一発ギャグをしたこと。
・下の毛を燃やして聖火リレーをしたこと。

打ち上げで完全に死んだ俺

あとはここに書けないようなことも
たくさんした。
(犯罪はしてない)

とにかく売れたくてガムシャラだった。
ライブハウスに行って
フライヤーを毎日配りに行ったり、
分かってるフリで
ライブハウス店長の話を
真面目に聞いてみたり、
CDを1から業者通さずに
作ってみたり。

MVとかもみんなで作った

今思えば、
訳のわからんことを
ずっとしてきた。

でも、その訳分からんことが
今の自分に繋がっていると
感じるようになってきた。

・自分を知ってもらうために
 しないといけないこと
・先輩との付き合い方
・ちょっとしたことでは
 結果は出ないこと

このバンド人生が
「効率的だったか?」と聞かれたら
「うん」とは言えないけれど
「意味があったか?」と聞かれたら
全力で「うん」と答えられる。

思い描いていた未来ではないけれど
全力で音楽をしていたあの日々が、
大切だったと胸を張れる。

その昔部屋に貼っていた目標

そして、
あれから8年、
また新しい決断をした。

「AIはもっと面白い」
そう思う人を一人でも
増やすこと。

また本気で
人生を賭けられるものを見つけた。

その夢を叶えるまでの過程が
どんなにダサかったとしても
どんなにカッコつけても
「なんてな」つって
最後は笑い飛ばせられたらと思ってる。

ワン、もとい中本樹による
人生の備忘録。
自分の人生を賭けたバンドで作った
「なんてな」という曲が
このブログのタイトル。

稚拙な文章ですが
これからどうぞ
よろしくお願いします。

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